笠岡市 めがねと補聴器専門店・ツザキが お店の日常と 小さなまちでの活動などを綴ります

2012-12-31

メガネのツザキ・新春営業のご案内


  新年は 4日(金) 9:00より 営業いたします

2012-12-30

レモンちゃんご来店~


ルーニーが早退していたので、ご対面はならず~

やっぱりチワワは小さいなぁ 好奇心いっぱいのお二人さんでした

キダチアロエの花が咲く頃


冬至前後の頃になると、2階の窓際のアロエが時々花をつけます。
寒いと評判の今冬は、一段と大きな花が開き始めました。

鮮やかではあるものの、どこか遠慮しているような物腰です。

放ったらかしのようなアロエが、窓越しの薄日を喜び花を咲かせる
様子を見ながら、母は、昨日から補聴器電池のお渡し用紙袋を
15個作ってくれました。

2012-12-29

2012 > 2013  / ジャズ大衆舎 on web #11

みなさま、クリスマスと新年、おめでとうございます。

明るい話をとんと聞かない昨今ですが、そんな世相とある意味で関係なく、ある意味で微妙に影響を受けながら、昨年も自分たちのできる範囲の活動を積み上げることができました。支援して下さった方々に、心よりお礼を申し上げます。

今年も、自分たちが大事にする音楽の価値を、地道に伝えていきたいと思います。かわらぬご支援をたまわりますようお願い申し上げます。

今年は、さっそく、
1月13日(日)カトリック福山教会での「武久源造オルガン・リサイタル」
2月3日(日)ロフト(ジャズ酒場)での「高橋悠治・内橋和久/U9(悠久)」
準備しているところです。

これ以降も、ジャズ大衆舎ならでは、というか、ジャズ大衆舎にしか発想し得ない、ライヴを計画しているところです。それらについては、追って当ブログに掲載しますので、ときどき覗いてくださいますように。

さて、「武久源造オルガン・リサイタル」については、演奏者本人からのメッセージをすでにお読みのことと思います。さらに加えて、武久源造から特別に、カトリック福山教会のみなさんに対して、挨拶文が届いています。彼の篤い信仰心を吐露するかのような語り口にますます期待が高まります。本人の許しを得て、後掲しています。

武久源造出演の当舎主催の演奏会は、2010年8月に1回目を催して以来、今回が10回目になります。

こういう言辞は、主催者の自己満足以上のものにはならないことが多いので、声高らかに言うことではありませんが、私自身に特別の感慨があるのもまた事実ではあります。

(文・主宰)



今回のプログラムの中で、私は、「天にまします我らの父よ」というコラールに基づく作品を三つ演奏いたします。

言うまでもなく、これは、「主の祈り」です。ご案内の通り「主の祈り」には、我々に必要なすべての願いが込められています。そこには、悲しみがあり、悦びがあり、嘆きがあり、また、希望があります。実に、多様な内容を持っているわけです。したがって、これを音楽にする場合、作曲家は、これらの要素の内のどれにフォーカスを当てるのか、まずそこのところを考えねばならないのです。

ブクステフーデのコラール編曲「天にまします我らの父よ」は、この作曲家が得意とする抒情詩的な作品です。ここでは、主に、我々の心の深みから発する嘆願が表現されています。ここでは、悲しみを表す半音階が特徴的です。

ベームの同名のコラール編曲では、ペダルによってそうされる音型が、頼もしく前進する歩みを表します。ここでは、希望と喜び、神の御計画の確かさが讃えられるのです。

そして、メンデルスゾーンの大作、オルガン・ソナタ第6番では、このコラールの様々な面が網羅的に描写されます。そして、終楽章では、ついに祈りが聞き届けられた、と信ずるわれわれの心の平安を表す音楽が、この上なく美しく奏でられます。

今回はこれらの3曲を縦軸とし、これに対して、スウェーリンク、ブクステフーデ、バッハの、見事な自由作品の名曲を横軸として、一つの十字架を形作るプログラムとしました。

どの曲も、宝石のようなオルガン曲ばかりです。どうか、お楽しみください。

武久源造  


(写真,一部校正/改行・optsuzaki)

2012-12-28

よく寄ってくださいました


雨の日にわざわざ立ち寄ってくださって
ありがとうございました

楽しい冬休みにしてください 三学期もよろしくね!

2012-12-27

ぶじカエル



僕のゴミ捨て作業用+通勤用ママチャリ、年季も入って来ました。
20年超えてますが、モノが乗るのでキャリアもそのまま便利に使ってます。

朝、反射材(マイクロプリズムシート) を張り替えました。
120メートル先のドライバーから視認できるそうです。

いい場所があるので、3つ貼って、念をいれますか。

って、絶対カエれってことなので、寄道がムズイようです。



2012-12-26

メガネのツザキ・年内無休です



メガネのツザキ・年内は、 
31日まで無休営業です。

ご利用をお待ちしております。



2012-12-25

毛色の違うお客さんが


ご用でしたら どうぞ 表からお入りください

2012-12-24

みんなでね


With best wishes for Merry Christmas.

2012-12-23

冬を耐えるマツバギク


元気なマツバギクでも
今宵はちと寒かろう

2012-12-22

笠岡西中学校吹奏楽部・クリスマスコンサート 2012



お昼前、笠岡駅前で笠岡西中学校・吹奏楽部のみなさんが、
クリスマスコンサートを今年も行いました。

朝からの怪しい天気でしたが、うまくその合間をついて
楽しい演奏を聴かせてくれました。


2012/12/22 伊予灘の地震


発生時刻 2012年12月22日 15時15分頃
震源地 伊予灘
最大震度 震度3
位置 北緯 33.5度 東経 132.3度
震源 M4.4 深さ 約50キロ

当地での震度1

2012-12-21

ネジ折れは手強い

店頭でできるフレームの修理で最も手強い部類が、
「ネジ折れしているネジを抜く」という作業です。

うまくいくと数分で抜ける場合もありますが、錆びていたり
曲がって折れたりすると、なかなか時間がかかります。

修理に出せばほぼどんなものでも抜けるようですが、
そのぶん納期が長くなるし、お客様渡しの費用も膨らむので、
目と手がついていく間は自分でやろうと、頑張ってます。

ハンドドリルを使って1.2~1.4ミリのネジの中央を打ちぬき、
そのあとを同じ大きさか、0.1ミリ太いネジを入れなおすという
仕事です。

折れたネジのどまんなかに、うまく窪みを作ることができれば
速いですが、もしできなかったらやってるこっちが凹む、というわけ。

まあ、集中力のいる仕事であることは間違いないですが、
とんでもない作業かというと、ドリルを通してネジの硬さが指先で
感じられる方なら、できるようになるのではないでしょうか。

この写真では、すでにネジ抜きが終わって嬉しそうにタップで
ネジを直しているところですが、取りかかり当初は結構引きつっていて、
とてもお見せできるようなものではございません(笑)。



2012-12-20

緊急避難経路を歩いてみる


文化広報部、今年の活動納めは緊急避難経路のチェックでした。
後期の「はばたき」の記事の取材でもあります。

地震・津波等の災害時の避難場所に向かっての所要時間や
迷わずいけるかどうかのチェック、災害時の交通や人の流れの
予想、山崩れが発生したときの集合場所としての適不適などなど。

実際に歩いてみると、いろいろなことが見えてきます。

最終的には、こんな事態が起こらないことを祈るまでですが、
当地をあとに巣立っていく子どもたちのことを考えれば、
行く先がどこであっても、「いまどこにいるのか」という意識は
持つ習慣にしてほしいものだと、感じました。

あと、部員の皆さん(も)、運動不足に気をつけて(笑)。

2012-12-19

オルガン・リサイタルに寄せて



我々オルガニストがリサイタルのプログラムを作るとき、考慮せねばならないことは、 実に多岐にわたる。

まず、そこで用いられるオルガンの構造と特色を、細部に至るまで、知らねばならない。オルガンというものは、元々、それが置かれている建物を、一つの音響体に変貌させるための楽器である。したがって、それはその建物に合わせて創られており、当然、1台1台が、規模、構造、ストップの数、ストップの内容、音の特質、時代様式など、どの面から見ても、大幅に異なっているのが通例である。例えば、教会のオルガンであれば、製作者は、その教会の建物は勿論、その宗派や信仰の在り方、礼拝の雰 囲気などを仔細に観察して、そこに最も相応しいオルガンを創ろうとする。信仰の内容と礼拝音楽は表裏一体を成すものだからである。 無論、製作者には、それぞれの美学があり、独自の設計方針もある。彼個人にとっての、オルガンの理想像と、独特な実戦経験とがある。それをいかにして、現場の状況に適応させるか、というところに、彼は創意工夫を凝らすのである。

我々演奏家は、このことを踏まえ、まずはオルガンとその周りの環境を観察し、そこに込められた製作者の意図、および、それを普段使っている人々の気持ちを熟知せねばならない。全てを知ることが無理な場合でも、想像の翼をできるだけ広げて、 「この製作者の意図は、どのようなものだろうか」、 「この教会の信仰は?」と、あれこれ推理をたくましくするのである。

そうして、そこに最も相応しいプログラムを選ぶのであるが、それはただ、そこに最も「はまる」曲を選ぶ、という意味ではない。まだ誰も気づいてはいないかも知れないが、そのオルガンとその教会が、最も生き生きと、美しく響く新たな可能性をも探り当てようとするのである。 つまり、「あの曲を、あのオルガンのあのストップを使って、このように演奏してみたら、どうだろう」 と、日夜頭を搾るのである。そこにこそ、我々オルガニストの創造の悦びがある。

今回、私が選んだプログラムはいずれも、演奏家として世に出て以来30年余、私が最も愛して止まないレパートリーばかりである。それらは既に、私の血肉となって久しい。私は物心ついて以来、教会でオルガンを弾いていた。だから、この環境も、また、これらの曲も、いわば、私の故郷のようなものである。しかし、それでいて私は、今でも礼拝の奏楽をするたびに、身が震える。心中、神に対する恐れに満たされる。また、これらの曲を弾いていると、私はしばしば、感動で目が熱くなってしまう。 それほどに、オルガンを取り巻く場というものは、我々に飽くなき挑戦を仕掛けてくるものであり、 これらのオルガン曲は、数百年の時の隔たりを超えて、新たな命を我々に吹き込んでくれるのである。

というわけで、今回のプログラムの1曲1曲について述べようとすれば、それはどうしても、膨大な文章になってしまう。それはたぶん、私の文章力の無さゆえのことである。 しかしそれは私にとって、「君の愛する人(恋人、子供、親)について述べよ」と言われているのと同じである。 誠実になろうとすればするほど、それを簡潔に述べるのは、やはり難しい。 どうか是非、当日お越し下さって、私の演奏から直に、心のメッセージを感じ取っていただければ、これ以上に嬉しいことはない、と申し上げるしかない。

なお、当日は、曲の合間に、ほんの一言二言、簡単な解説を試みるつもりであります。     

武久源造


(全文・武久源造 写真,一部校正/改行・optsuzaki)

2012-12-18

還ってきたNikomat EL



Nikomat ELを買い戻しました。

送料含めて、1回のフィルム+同時プリント代程度...。
しかも30年前に手放した時よりも、内外ともきれいな状態でした。

ボタンの位置や形状は、とてもオーソドックスで、軍艦部についた
シャッターダイヤルはFTn等のニコマートより回しにくいのですが、
上からチェックできるという点で、わかりやすかったです。

当時、天体写真で使用する際に、シャッターが開いている間も
電池が休むことなく使用される、というイタい仕様がとても問題に
なりました。(メカシャッターはXのみで、Bはない)

たった一晩で空っぽになるうえに、購入当時の4倍近くまで高騰した
銀の価格のために電池は非常に高額となり、学生には軽々しく使え
ない不経済ぶりに、なんとも情けない思いをしたものでした。

こんなことならマニュアル機を買えばよかったのですが、当時
AEの便利さとカタログ的先進性(笑)は、とても魅力的でしたから。

現在は、安価なLR44を4個直列にして使えるジュラコンのスペーサーを
利用できるので、まったく電池代が気にならなくなったというのが、
買い戻すきっかけの一つです。(補聴器の空気電池も使えるようですし。)

非Aiも改造の必要がないので、かえって一台あると便利です。

やはり、一番馴染みがあった機種なので、若いころ覚えた感触は、
忘れたようでも指が覚えているものなのでしょうか     
微妙な巻き上げやシャッターボタンの硬さの違いも、わかります。
多分元オーナーゆえ感じる、個体差なんですね。

先日、港の周りで撮影していて、ふとした瞬間にそのよそよそしさが
薄れました。それはなんでもないこと、冷たい朝の撮影で裏蓋についた
鼻息が結露した水滴を見た時でした。

既視感、みたいなもの? どうしてなんでしょう。

2012-12-17

高橋悠治&内橋和久 U9発売記念ツアー ポスター


クリックすると大きくなります



2/3 福山 
会場 ロフト 
広島県福山市延広町3−7 アクセビル2F


大きな地図で見る

¥3,500-(1ドリンク付)  

お問合せ      ジャズ大衆舎内 やすみいし

2012-12-16

生死のはざまで

水温の違いには、敏感です。

3日ぶりぐらいに、顔を水面まで出して
エサを欲しがりました。

池の上に簾をいっぱい敷いたので、日が当たりにくく
今冬の日中は冷たいはずです。

実は、先月、ネコに何匹かとられてしまいました。

少し甘く見ていましたが、狩る本能は相当にタケしいもので、
手を伸ばして爪ではじき上げたようです。

小さな新入生たちは機敏、その上ここに来る前にしばらく
痛い目にあってますので用心深いですが、諸先輩方は
いささか世間知らずで、外敵に甘かったのでしょう。



2012-12-15

伏越港の朝


先日の朝の散歩の2日目。

同じ立ち位置から、何度も撮っている場所なんですが、
毎回違う表情になるのが、海辺の景色の面白さ。

何が違うのか、1日目のほうがもっと素晴らしかったのですが、
それは果たして撮り手の思い込みなんでしょうか。

2012-12-14

電子レンジにワンコイン

外遊びに最近精がでる下の娘、二重跳びの回数が
飛躍的に伸びました。自信を持つことにつながるといいね。

ママゴトの回数は、こうして減っていくのでしょう。

壊れて放置されていた、キティちゃんの電子レンジの
おもちゃを捨てるため、バラバラにしました。

プラ部分と金属部分に分けて、開いていくと、
あれっ、中から10円玉が。


果たして娘たちが入れたものなのでしょうか。
それとも、本当はおもちゃをくださった、xxさんちのもの?

今となっては分からない、昭和58年の10円玉でした。

行き先は、お父さんの年末調整ということで、どうかひとつ。

2012-12-13

星や月の美しい夜ばかりでもない

先日から、朝に散歩の時間をかえました。
(それが何日持つかわからないんですが。)

朝の時間が冷え込むことはわかりきっているのですが、
景色のない夜に歩くのは、もっとつまらなくて...。

昇る日が、次々と景色に演じる役目を与えていく
朝の時間は、とてもスリリング。




2012-12-12

福の神を自称するオリエント眼鏡営業さん

午前中、オリエント眼鏡・ko山さん、来訪でした。

「私が来ると忙しくなります」  ...とたんにお客さんの列。
してやったり、とニコニコしながら帰られました。

お昼を食べたのは、おやつ時でした。

毎日いらっしゃいますか(笑)

少しですが追加しましたよ、掛けやすい色です。



2012-12-11

武久源造オルガンリサイタル プログラム詳細



オルガンリサイタル
2013年1月13日(日)17:00

カトリック福山教会

鑑賞料/ 1,800円  高校生以下500円


1. J.P.スウェーリンク 半音階的ファンタジア

2. D.ブクステフーデ プレルディウム ニ短調 BuxWV140

3. D.ブクステフーデ コラール 天にまします我らの父よ BuxWV219

4. D.ブクステフーデ コラール みどり子ベツレヘムに生まれたまえり BuxWV217

5. G.ベーム コラール 天にまします我らの父よ

6. J.S.バッハ プレリュードとフーガ ハ長調 BWV547

7.  J.S.バッハ コラール・プレリュード 「いざ悦べ、汝キリスト者らよ」BWV734

8. F.メンデルスゾーン オルガン・ソナタ 第6番 ニ短調 「天にまします我ら
の父よ」作品656


 切符のお求めは、延広教会、カトリック福山教会、スガナミ楽器、
 jazz inn dooto にて

  主催・問合:コンセール・ジャズ大衆舎
 
e-mail: chopin-in-salsa@kba.biglobe.ne.jp

演奏会ポスターはこちら

2012-12-10

変わる窓の景色のよう

ガラスのグラスチェーン 穴にめがねをかけるタイプ

15年ほど家で飾り続けた写真を外して、お掃除。
お店のディスプレイとして、新しい写真を入れ替えてみました。

飾る写真が変わると、全く違う景色を映し出してくれるのは、
イーゼルの魔術でしょうか。

なんでも出てくる誰かのポケットみたいです。

2012-12-09

一足お先にクリスマス


昨晩は子どもたちもたくさん集まって、少し早めのクリスマス会~

手作りケーキのようににぎやかなパーティ&かくれんぼ大会(笑)、でした。

2012-12-08

岡山・肉のほそだ賛江



先日のレンズ講習会の時にお昼ごはんで「ほそだ」に行ってみました。

とても懐かしくて、講習会以上に(笑)楽しみにしていました。

母の実家に行った帰りに立ち寄った、という幼い頃の思い出が
あって、その時の店の賑わいと、買って帰った焼豚の味に子供
なりに「やっぱり岡山は違うなぁ」と...。

卸が基本にもかかわらず、小売も、小さくしっかり続けておられました。
店としてはレストランに注力されている様子でした。


岡山の街と市場の40年近い変遷を思えば、こうしてニーズに
適応しながらも基本を貫いているから今がある。老舗がその名に
ノスタルジックに浸っているのでは、永く続かないはずです。

今のお店の姿に、安堵し励まされました。

メニュー構成は、お昼のお財布事情を熟知した感じです。
内容は、多くのグルメサイトにお任せしましょうね。

あえて最安メニューの牛丼をいただきましたが、優しい味付け、
ほっとする野菜の量に定食党として、とても満足です。

お昼の極限に忙しい中、ひとりでうかがったにもかかわらず、
気持ち良い対応だったことも、店の品格を物語っています。

2012-12-07

冬の雨にもマケズ

ここ数日、冷え込みが厳しいですね。
今日の大仙様も、お参りが少なかったように思います。

週末の雨はなんとも恨めしいですが、どうぞ皆様、
お足元に気をつけておいでください。

         少し強まる雨音に。


2012-12-06

速報 内橋和久・高橋悠治 ライヴ@福山 準備中!

まだ、風ぐるま 福山公演の余韻が残る中、
内橋和久・高橋悠治のライヴを準備中です。

詳細は後日アップいたします。

2013/2/3(日)  19:30開演 

LOFT (ロフト)
福山市延広町3-7 アクセビル2階

¥3,500-(1ドリンク付)  

お問合せ ジャズ大衆舎内 やすみいし

2012-12-05

笠岡市立笠岡小学校・ホームページのご案内

ふれあい作業日の様子

一学期の最初頃、お話を伺っていたのですが、
本校のホームページが、二学期から公開されています。

Y先生を中心に編集されたこと、先ほど文化広報部の
部長さんから紹介されました。

個人情報の制約も大きいことかと思いますが、
いっそうの充実を期待します。

↓ 笠岡市立笠岡小学校・ホームページ
http://kasaoka-es.kasaoka-ed.jp/

2012-12-04

宮島の店先の金魚


広い池が、恋しいかもね。泳ぎにくるかな?

そういえば、寒い今頃はどうしてるだろうか。


2012-12-03

ニコン・エシロール全国セミナーで岡山へ

月曜日の午前中というのは、正直ありがたくないのですが(苦笑)、
ニコン・エシロールの新製品セミナーに行って来ました。

今回はブルーカットレンズに先鞭をつけたニコンが、1年半の
アドバンテージをどう活かしてくれるかということが焦点となりました。

シークリア ブルー プレミアム と、きましたか。

さっそく実物も見せていただきました。落ち着きのある反射光が
印象的でした。


発表後の競合製品の浸透具合、粗悪な類似品の氾濫を横目に、
  • 無色と呼べる範囲での、極限までのブルーカット性能
  • ややもすると指摘されていた、ゴーストの低減
  • 見落とされがちなレンズ裏面の紫外線反射のカット
の3点を改良したとのこと。

このあたりのクレームへのレスポンス、新製品の投入タイミングの
小気味よさは、やはり販売店としては頼もしいです。

既にブルーカットを当初より推販している私どもも、
全国一斉発売の本日から、お勧めしています。

白いと思っていてもやはり青いLED ~会場前にて

2012-12-02

海のそばのめがね店だからわかる

フレームの整理を夕方仕上げました。

大事に展示していても、当地では海が近いということもあって、
特にオープン陳列のフレームは、大なり小なり、サビと闘うになります。

もし、そんなことはないよ、というお店が市内にあるとしたら、
商品管理が行き届いていない、と言い切れますね。

日常的に使用していると、全体を微妙に触っているためサビは起こり
にくいですが、特に金色メッキの部分には、目を光らせています。
そして、再生ができないものは、思い切って廃棄します。

あぁ、もったいない、と思われますか?

金額の高低によらず、やはりそれは品質の差です。
身を切ってこそ、こういうメーカーの商品は仕入れてはならない
ということが、骨身に沁みて理解されるのです。

そういう意味で、経営者が仕入れにタッチしていないと
良い商材は集まらない、といえます。


2012-12-01

適当な椅子

長年、このパソコン机で使っていた椅子を持っておりた。

木の折りたたみ椅子。背もたれがついてて、固めのクッションが
縫いつけてあるもの。おおかた30年くらい愛用している。

今ここにある2個の丸椅子は、高さが調節できるところは
便利だけれど、少し軽すぎて僕の大きなお尻にはちょっとばかり
不安定である。

けれども、先日の学芸会の撮影の折には、キャスターとその軽さ
が良い方に出て、ほぼ半日の仕事をとても快適にしてくれた。

どっちにするか迷ったけれど、かっくいいジブラルタルのドラム・
ストゥールを持っていかなくて良かった。重くて姿勢の取り直しが
きかなくては、きっと2つの三脚を前に、身動きが付かなかっただろう。

ベストな高さと硬さ、重さに助けられても、それが最適であるということすら、
気に留めていないことがほとんど。良い道具は、そうしたものかもしれない。


2006/3 渋谷駅前

2012-11-30

トリオにやられました

いや、なんだかそんな語感でもあったのだが、まさか(笑)。

それは、こんなところか~い。あゝもうひと月経ったのか。


2012-11-29

Nikon F-801のそれから

先月捕獲したNikon F-801のその後です。

Nikon F-801に翻弄される

 

わりと小忙しい日が続いたので、ゆっくり付き合って
いなかったんですが、先日から気になり始めて、
ちょっと皆さんのトラブル対処法を調べてみました。

んー、丈夫でメンテ知らず!とか、挑発的なコメントが
多い(笑)。

1つずつ読んで頭を冷やして考えてみると、電池の問題が
浮かんできたのです。

そう、Eneloopの電圧の問題です。

結構多くのカメラで動作が確認できるので、つい油断
していましたが、F-801でうまくいくとは限らないですよね。

で、新品のアルカリ電池を入れたところ、立ちどころに
ほとんどの不具合が解消してしまったのです...。
まず、電源を疑う、というのはこういうカメラの基本でした。

キチンと動き出して実感するのは、基本性能の充実です。

ファインダーの明るさ、アイポイントの高さは前にも述べた
とおりですが、安っぽく感じていたジョグダイヤルも、実に
操作の絞り込みが良くて、使いやすいです。

今のNikonのデジタル一眼に慣れている方にとっては、
ちょっとした先祖帰りのようなもので、おそらくは何の
違和感もなくオールドレンズが繰れることでしょう。

ああ、F4、危うし(笑)。

F4のプレビュー鳴きのような経年的な弱点が、果たして
忘れられたこの銘機にはあるのでしょうか? もしなければ
Ai Nikkorを使うこれ以上優れたモデルは、ないような気がします。


2012-11-28

皆様にハンエイを

店内のフレームの値札は、サイズ、店頭参考価格を表側に、
裏側に仕入先を記して、ほぼすべてテンプル(腕)部分の
原則、左手につけています。

いろいろな札がありますが、最近のテンプルの太いものに
対応できるものは、そんなに無いと思います。

わたくしどもは、大阪の「ハンエイ」(06-6329-2272)という値札専門の
業者さんから仕入れています。太枠メガネ用値札 A-1という商品です。

いっぱいあるように見えますが、結構なくなっていって
いつもあわてて注文しますが、すぐ届いて安心です。




え、どこかのように全部同じお値段なら、札なんかいらないだろうって?

ワンプライス商品の落とし穴は、よく考えるとどなたでも
ご存知の商品、お寿司で例えると、腑に落ちます。

ウニも卵焼きも同じ値段なら、まあいいウニはないのが自然でしょう。
もし同じ値段で並ぶのなら、実は卵が高いのではないでしょうか。


ところで、今日は月食。えっ、そうだったかなという方も多いでしょう。
半影月食」ですね。はい、ハンエイつながりで、思い出しました(笑)

2012-11-27

井笠バスのその後・駅前の実感として

井笠バスがながい歴史を閉じて、ひと月近くなりました。

あれほど賑やかに歩きまわってた愛好家たちの姿も消え、
経営も新体制に移行して、ぱっと見は、なにもなかったか
のように赤白のバスが、今日も元気に走っています。

店内で感じられるのは、大きな車両が減ったせいか、
マンホールを横切る時の「ドーン」という振動音が
激減したというあたりです。

世相を斜め読みなさる方にとっては、異論があると思いますが、
市内の各地区の高齢者にとっては、便数やルートに
強い要望があることは、いうまでもありません。

非経済的なタテマエの話ではなく、市内の循環を担っているのは
なにも運転できる若い方ばかりではないのですから。



2012-11-26

そろそろ替えどきですので


他ならぬ自分のめがね、なんです。(笑)

そう、今のフレームになって、3年弱。
とても評判が良かったフレームだったんですが、
そろそろ傷みも目立ち始めました。

この間、各社のレンズを試しているので、
数回レンズを変えました。

先日から側方のぼやけも、以前より目立ってきて
どうなのかな、とは思っていたのですが、
測ってみると自分の度数そのものが変わってましたね...。

皆さまには、「変わりやすい年代では結構変わりますよ」と、
お話しているものの、おそらく今までで最も大きな変化の
幅に、ほぉ、という感じです。


今日のポイント
何もなくても、時々はチェックにお立ち寄りくださいね~。

2012-11-25

くるくるまわるものなんだ

さっきまでレコードプレーヤの掃除をしていた。
放っておくと、どこからともなくハムが乗るようになる。

毎日慌ただしく過ぎていったここしばらくだったが、
1つずつ終わって、さぁて次のポイントに向かう日。


一昨日の事になったが、友人の娘さんがふたりで
家に遊びに来てくれた。

おふたりともうちの娘達と、それぞれ同級生。
それはなんとも偶然なのだが、それぞれに仲がいいのは
偶然だとは思わない。

パパさんから、高校生の頃ダビングしてもらったカセットを
まだ持ってるよ、と聞いたことがある。

そんな頃から使い続けているレコードプレーヤに、
そっと針を下ろす夜。

2012-11-24

カトリック福山教会 パイプオルガン第10回定期演奏会のご案内


カトリック福山教会 パイプオルガン第10回定期演奏会のご案内

2012.12.2(日) 17:00開演

カトリック福山教会 聖堂 入場無料

主催・お問い合わせ/ カトリック福山教会 084-923-0614


シリーズ化しているカトリック福山教会の、パイプオルガン演奏会、10回目を迎えます。

2012-11-23

11月上旬に聴いた演奏会二つ/ ジャズ大衆舎 on web #10



11月上旬に聴いた演奏会二つ

風ぐるま 時代を越えて音楽の輪を回す 波多野睦美・栃尾克樹・高橋悠治
2012111()福山リーデンローズ小ホール

 「ことばを贈る」と題した、高橋悠治と波多野睦美のコンサートからわずか1年8ヶ月後に、この二人に栃尾克樹を加えたメンバーのコンサートを、その時と同じ会場に、客として聴きに行くことになるとは思ってもみなかった。しかし、その内容は、バリトンサックスが入ったからというだけではなく、前回とは随分違っていた。
 波多野睦美は、前回のチラシには、「歌」としたが、今回のそれには、「声」とあった。この場合、両者に本質的な違いがあるとは思えないが、それでも、コンサート総体の印象として、前回が「歌」であり、今回が「声」であることに、なかなか説明し難いのだが、不思議に納得がいく。

 コンサートは、パーセルの劇音楽から2曲がまず披露された。「ばらよりも甘く」「ダイドーのラメント」である。どちらも、語りの延長として歌があることを暗示させる小品であり、波多野睦美の歌い(語り)振りであった。この方向性は、後に演奏された、辻征夫の詩に作曲した、高橋悠治の三つの作品や、バッハの「わたしを憐れんでください」にも、引き継がれているように思った。

 波多野睦美は、ロマン派のオペラ歌手のような朗々たる歌唱をけっしておこなわない。ことばは歌を導き出し、また歌はことばに還っていく、そのあわいをこそ、表現しようとしているように思えた。これは、バロックの流儀と言っていいものだろうか。

 バロックの流儀と言えば、栃尾克樹のバリトンサックスの役割である。パーセルやバッハの歌曲で通奏低音的な役割をするのはわかるとして、クープランのヴィオル曲やテレマンのフルート独奏曲を、わざわざプログラムに挙げようとするのだから、もうこれはバロック宣言!とでも言えるような、徹底ぶりである。聴く者としては、ヴィオルやフルートと音色やアーティキュレーションの違いを、楽しむことになる。

 アンコールで演奏された「別れのブルース」は、こういったバロック路線の白眉とも言うべきで、波多野睦美の歌う、「窓を開ければ~」のメロディは、よく知られたままの、いわばコラールの定旋律のようで、高橋悠治のピアノと栃尾克樹のバリトンサックスが、オブリガートのように絡んでいくさまは、バッハのカンタータやブクステフーデのオルガン曲を連想させて、思わずにやりとさせられた。




VAN弦楽四重奏団 2012114() 宝泉寺(福山市神辺町)

 広島交響楽団のメンバーによる弦楽四重奏団の、宝泉寺での3回目のコンサートである。その1回目に感動した私は、2回目のコンサートに、ベートーヴェンの14番をリクエストした。なんとそれが叶えられたのはいいが、仕事が入ってどうしても聴きに行くことができず、主催者と演奏者にたいへん失礼なことをしてしまった。私自身もたいへん悔しい思いをした。これは、やはり仕事が突然入って、フリクションのライヴに行けなかったのと匹敵する悔しさであった。そんなわけで、今回は万難を排し、会場に一番乗りして、演奏者の間近で聴くことができた。

 前半は、コントラバスを加えた弦楽五重奏で、モーツァルト、ヨハン・シュトラウス、そして、ヴィオラが抜けて珍しいロッシーニと、軽いノリの曲が集められていたが、なんといっても、ハイライトは、後半演奏されたバルトークの弦楽四重奏曲第6番であった。もっとも、おおかたの客にとってはその逆であったろうから、演奏者は、四つの楽章ごとに解説を加え、「気持ちが悪くなったら、遠慮無く外へ出てくれて結構です。」とまで言って、たいへんな気の遣いようであった。しかし、その熱気溢れる演奏に、それは無用であったように思う。

 VAN弦楽四重奏団は、本拠地の広島でベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏に取り組んだ。その完結後に、バルトークに取り組むことになったと聞く。まあ、そんなことをことわるまでもなく、前半の心地良さとはまったく異質のバルトークの音楽に、彼らの本音がそこにあることは、そこに集った人々は誰でも、楽しめたか否かは措くとして、すぐにわかったに違いない。

 さて、そのバルトークの6番だが、Mesto(悲しみ)の主題が、四つの、すべての楽章の冒頭に呈示され、重苦しい情感が垂れ込める。それが、楽曲全体を統一的な気分となる。ごつごつした岩場を喘ぎ喘ぎ疾駆するかのような息苦しさがある一方で、民謡風のどこかとぼけた旋律があらわれたり、ナチスの軍靴を思わせるような重々しい行進のリズムがあらわれたり…、第二次世界大戦が勃発した1939年に書かれたというが、暗鬱な時代を生きた作曲家の、見聞きしたものや、生き様そのものが、描き込まれているように思えた。この曲はヨーロッパで初演されることなく、バルトークは楽譜をもって、戦禍を逃れてアメリカに渡り、その地でやっと初演された。バルトーク自身は、二度と故郷の地を踏むことなく、1945年に客死した。

 武久源造に聞いた話だが、ハンガリー人は、ヨーロッパで、ユダヤ人の次に蔑視された民族であったという。

解説を交えつつ演奏を聴いていると、ちょうとそのときに格闘していた、金時鐘(キム・シジョン)の長編詩『新潟』とその印象が重なった。金時鐘が『新潟』を書いたのが1950年代の終わり頃という。ならば、バルトークの6番とは、わずか20年の開きしかない。しかも金時鐘は、この長編詩の原稿が散逸するのをおそれ、小型耐火金庫に入れて1970年に出版されるまで持ち歩いていたという。詩の中には、後年詩人によって明かされることになった、済州島43事件の生々しい記憶とそれを逃れて日本にやってきたことが描き込まれている。20世紀は、戦争と迫害、亡命、ディアスポラの世紀であったことが、図らずも意識された。

VAN弦楽四重奏団の演奏は、スマートなものではなかった。むしろ力いっぱいの、必死の演奏であったというべきかもしれない。しかし、それがおそらくバルトークの真実の音楽の姿なのだろう。たとえばアルバン・ベルク四重奏団あたりが演奏したら、もっと整然とした、あるいはこんなの楽なもんよと言いたげな、「完璧」な演奏になることであろう。でも、それはもはやバルトークではないのだ。

VAN弦楽四重奏団のリーダーと思しきは、ヴァイオリンの鄭英徳(チョン・ヨンド)という、関西弁の在日朝鮮人2世であった。

バルトークと金時鐘…、私の勝手な連想に過ぎないのだろうが、それを仲介してくれたのが、在日2世であったのは、偶然ではないように思うのだが…。

 (全文・主宰 写真,改行・optsuzaki)

2012-11-22

演奏会を終えて / ジャズ大衆舎 on web #9



演奏会を終えて

 夢幻の色彩感、自由闊達な語り口、得も言えぬ抒情、そして、がっしりとした物語の構築…、5月の武久源造による『ゴールトベルク変奏曲』は、「完璧」な演奏ではなかったが、すぐれて魅力に溢れた、まさにライヴの醍醐味を伝えるものであり、私たちと武久源造との関係において、一つの大きなエポックとなった。

さて、次のリサイタルの曲目として、『インヴェンツィオンとシンフォニア』が提案されたとき、正直なところ軽い失望を憶えた。バッハのチェンバロ曲で一番の人気曲であり大作である『ゴールトベルク』の後に何をやるか。何をやるにしても、『ゴールトベルク』を超える「何か」を提示するのは、たいへん困難な課題であるように思えた。そこで『インヴェンツィオンとシンフォニア』とはちょっとしょぼくはないか、…素人考えでそう思ったのだ。

武久源造は、リサイタルの一ヶ月前に、当ブログ掲載用にと『インヴェンツィオンとシンフォニア』の解説文を送ってきた。最初から“Part1”とあり、終わりに(続く)と記してあったので、2,3回分くらいが送られてくるのかと思っていたら、なんと『インヴェンツィオン』そして『シンフォニア』の曲数と同じ15回分の原稿が次々に送られてきたのである。それも、昼と言わず、夜と言わず、この人はいったいいつ眠っているのか、と思われるほど、矢継ぎ早に、弾丸のように送られてきたのである。

武久源造が、文筆においても卓越しているのは、その著書『新しい人は新しい音楽をする』(アルク出版2001)を読めばすぐにわかるのだが、それにしても、この解説は面白い。『インヴェンツィオンとシンフォニア』に直接かかわることはもちろんだが、『ゴールトベルク』との関係、数の象徴、調性、調律法、カークマン・チェンバロの構造と機能、演奏においてどのようなストップを用いるか…、等など、武久源造のよく使う言葉を借りるなら、より求心的な、そして遠心的な、双方からの話題の提供であった。

せっかくなので、演奏会当日は30部ほど印刷して、お客さんのなかで興味ある方に配布した。B5サイズの紙に印刷したところ、なんと52ページにもおよんだ。

多岐にわたる話題の中で、私がとりわけ注目したのは、ストップにかかわる叙述であった。手元にある何枚かの『インヴェンツィオンとシンフォニア』CDを、その叙述と引き比べながら聴いて、実際の演奏をあれこれと想像してみるのは、たいへん楽しい作業であった。そうしていくうちに、だんだんと演奏会への期待は膨らんでいった。もし、このブログを読んで下さっている方で、演奏会に足を運んで下さった方がいらっしゃったなら、同じようではなかっただろうか。

演奏会は、2部構成で『インヴェンツィオンとシンフォニア』全30曲が、武久源造の解説を織り交ぜながら、ゆったりと演奏された。『ゴールトベルク』の興奮はなかったが、そのかわり、しっとりとした、慈味に溢れた演奏だった。また、ストップ操作による音色の変化も、とりわけ『インヴェンツィオン』において、事前に「予習」したものよりずっと色彩豊かなものであった。

『インヴェンツィオン』は2声のシンプルな形で書かれているが、そのぶん2段鍵盤による音色の対比を効果的に表現することが可能となる。ここらあたりに、武久源造がこの曲集を『ゴールトベルク』の後に取り上げようとした、重要なモチーフの一つが蔵されているのではないか、とふと考えた。一方で、3声の『シンフォニア』では、内声部を右手左手双方で繋がなければならない。そうすると、二つの鍵盤を同時に使用することが出来ない。その分だけ、音の運動性に焦点をあてた演奏であったように思える。

その『シンフォニア』の中で、武久源造が唯一二つの鍵盤を同時に使用して演奏したのが、第5番であった。武久源造は、左手の分散和音を、上鍵盤でフロント8’にバフストップをかけて弾き、上2声の絡み合う旋律を、下鍵盤でバック8’で弾いた。この弾き方でCDにもなっているし、かつて尾道でのリサイタルでアンコールとして弾いたのも、同じやり方だった。武久源造の十八番と言ってよいだろう。まるでリュート歌曲のようなアイディアだが、こういうやり方をする演奏家を、私は他に知らない。

武久源造は、この曲集をバッハによる「チェンバロ詩集」だと評した。シンフォニア第5番のみならず、その香気は随所に溢れていた。そして、私は『インヴェンツィオンとシンフォニア』についていかにわかっていなかったか、その不明を恥じた。

(全文・主宰 写真,改行・optsuzaki)

2012-11-21

霧のむこうに



昼になれば なかったかのように