2016-12-05

慎重派と行動派


お、鉄扉が開いとるけど、おっさん張ってるな...


あ、待て、ヤバいど
 

なぁ~に~?


...うっ 


いわんこっちゃない


しまったぁ、鉄扉、閉まるかなぁ...
 

さあなぁ...



結構なんとかなったけどぉ? 


おっさん見くびらんほうが、ええど



2016-12-04

初給料


少し前になりましたが、次女が“いきチャレ”という職場体験で、近所のコンビニでお手伝いをさせていただきました。(感謝)

なんと、そのとき最後に(現物支給と思われる)お小遣いがでたそうで。これはその“初給料”でいただいた、チロル・チーズアーモンドなのです。

“モノを売る現場”の仕事に触れてみた姿勢だけでも、とーさんは十分嬉しいよ。だいぶ先のホントの初給料は、楽しみにとっておきな^^



2016-12-03

福山東教会クリスマスコンサートのご案内



2016/12/18() 14:00 開演 (13:30 開場)

会場 日本基督教団福山東教会(福山市東町1-2-8) 084-922-3309



演奏

仲谷 沙弥香(ピアノ)
牧 隆(フルート)





2016-12-02

Sicilienne



ソレデハ キンジョノネコ ヲ シシリー マデ





2016-12-01

KORG iWAVESTATION


いやぁ、いきなりのリリースですよ、KORG iWAVESTATION !

iOS移植に、ぽっかり空いた穴のようなモデルだったのですが、満を持してというか、よくぞここまで待たしてくれた・笑

WAVESTATION EX(鍵盤モデル)や、SR(1Uラックモデル)2台、など、活動期に付き合いの深かったモデルも、今は手元になくなって久しいです。以前SRをお譲りしたサウンドデザイナーの方のTwitterで、今朝リリースを知ることになったのが、これまたご縁というか^^ 今日は靴下を買いに行くつもりでしたが、よろしい、穴の開いたのをしばらくはいて、今日はこれをダウンロードしましょう~

最近では、PCではプラグインとして利用していましたが、iPadでこうしてデジタルピアノ(実はこれもKORG^^)につないで目の前に置けたりと、また新鮮。当時難解といわれたパラメーターの、ツボを押さえた明快な表示も秀逸。ジョイスティックの置き場が選べたり、カオスパッドと併用できたり、そんな直感的なところが帰ってきたようで、かつてのユーザーさんもとても楽しめるのではないでしょうか。

plugKEYを通した音も、すごい音圧でなんとも笑えます。


2016-11-30

金豆柑



多分2年位前に、父が行きつけの喫茶店の常連さんからいただいてきた金豆柑(きんずかん)が、とうとう実をつけ始めました。

1センチくらいの実ではありますが、まったくミカンの色や形のようです。食べるには肉がないそうなので、その点もオヤジそっくりといえましょう・笑

今に至るまで、こういった鉢物に全く興味を持たない父でしたが、なにやら米の研ぎ汁を夕方に持って降りては、そろりと掛けてやる様子、息子にはなかなか興をそそられるものが、ありましたよ。いや、今さら僕に研ぎ汁を掛けられても、困りますけども。


2016-11-29

RSSリーダーの罠



Googleリーダーの打ち切り以降、最近ではちょっと意識していなかったRSSなどのリーダーで御覧頂いている方があるようです。

一度アップしてしまった文章に手直しを加えることが、また増えてきています。手直し前のものは消えてしまうかというと、Google+やinoreader等のサービスで閲覧すると、往々にして更新前のものに行き当たってしまうわけです。

Google+のように僕が修正を入れられるものは良いのですが、その他のリーダーでは、僕の手を離れてしまっていますので、「なんか文章が読みにくいな」と思われたら、やすみいし本体へアクセスし直していただけると、少しはマシかもしれません^^


2016-11-28

アキさんの置きみやげ

大手まんぢゅう ぺっちゃんこ~♪

高橋アキさんがいらしてから、もう一週間が経ってしまいました。

多くのコンサートは、そのときには強い感激があっても、ひとたび終わると日常の慌ただしさがすぐに押し寄せてきて、“現実”に引き戻される虚しさにさいなまれるものです。ところが、僕に限ったことかもしれないですが、今回は少し様子が違うようです。

もちろん、録画はお渡しできたものの、録音・写真撮影の、それぞれのポスト・プロダクションがまだ続いていて、僕はいまだ“楽興の時”の真っ只中、ということもあるでしょう。

しかし、それだけではなく。

ご本人とお話している中で感じたことですが、「手際」と同様に、音楽の傍らにある「話し方や言葉の研鑽」の重要さにもっと目を向けてごらん、と促されたのではないかと、実は秘かに振り返っているのです。


2016-11-27

疎開生活絵巻 お話会 @古民家文庫 茂登田



真摯な活動家・まなべ陽子さんから、お声を掛けていただいた「疎開生活絵巻 お話会」。朝方、開催される里庄町の、古民家文庫 茂登田へ伺った。






悲壮と悲惨の間に

仕事柄、あるご年代以上の方のお話を伺うことは多いのだが、折に積極的に語られる戦争体験は、時に栄光と奇跡のスペクタクルに姿を変えていることがある。そんな人たちは遠い苦しみや大きな歴史の醜さを忘れ、自らを少しでも美化し、更には小さな栄誉の中に生きたいと願うものなのかもしれない。



そうした異常な事態での日常生活は、意外なほどに語られることが少ない。「病気は重い・軽いではない」という言葉に似て、体験の重さはその悲惨さを競うものではないはずだ。石田米子先生の疎開生活の記録は、自らのわだかまりにも焚書されることなく、かといってあてどのないまま雑物のなかで保管され続け、戦後70年にその日だまりのような鮮やかな姿を表わすことになる。




戦中そして戦争直後の混乱の中、子供たちは遊びながら日常を見つめて生きていた。何と大人たちに聞かされても、素朴な疑問を抱いて過ごしたこともあるだろう。そんな子供の価値観を支えたのはやはり身近な家族であり、大きな目で時代を見つめた教師に恵まれた幸運もあるかと感じた。




先生の生年や家族構成の類似を伺うに、元気と精気が残っていれば母も同行できれば、どんなに良かっただろうと思いつつも、(本義のままの)アンソロジーへの肉付けとして、これからを生きる若い方が関心を持ち数多く集ったことに、本会の意義はあった。

折しも名作の呼び声が高い“この世界の片隅に”が公開されたのと全く同じ位相で、実際にその時代を生きた先生をお招きした会が開催されたことは、偶然の一致ではない。


2016-11-26

乾からびた



朝出がけに、勝手口から戻ってきた次女が、「弔ってきました」と、話す。

ナメクジが潰れて、干からびていたそうだ。


これも 死を想え ということなんだろう。

思春期の繊細さに吹かれても、幼少期から続くともしびが、衒いなく揺らめく。