笠岡市 めがねと補聴器専門店・ツザキが お店の日常と 小さなまちでの活動などを綴ります

2012-09-02

『大いなる時を求めて』(梁石日著)を読んで

『大いなる時を求めて』(梁石日著)を読んで


梁石日(ヤン・ソギル)の小説『大いなる時を求めて』(幻冬舎2012)を読んだ。この小説は、在日朝鮮人の詩人金時鐘(キム・シジョンb.1929)をモデルとして、その半生を、具体的には出生から1950年代の終わりくらいまでを、ほぼ忠実に描いている。この時代の、日本と朝鮮、そして東アジアをめぐる政治状況は激動を極めていた。いまだ一般には知られていないような事件、たとえば『済州島4・3事件』、も少なくない。その中を、金時鐘は生きた。小説では、そういった時代・社会の変動を的確に描きながら、元山(ウォンサン現北朝鮮)に生まれ、日本の植民地支配下皇国少年として成長し、日本の敗戦=「解放」以後民族主義に目覚め左翼活動に身を投じ、やがて、済州島の動乱を避けて日本に渡って、在日という視座から日本語で詩作を試みるという、ダイナミックな金時鐘の思想的営為を見事に辿っていると言えるだろう。1950年代に金時鐘が主宰した、在日朝鮮人による文芸誌『ヂンダレ』そして『カリオン』の同人であり、詩人と長年にわたる深い交流をもってきた、梁石日だからこそ描きえた小説だ。
 
238ページという分量は梁石日にしては短い。部分的にはもう少し詳しく描いて欲しいと思う箇所もあったし、済州島からの渡日の状況などは、金時鐘自身の証言『なぜ書きつづけててきたか なぜ沈黙してきたか 済州島四・三事件の記憶と文学』(金石範との対談)(平凡社2001)とは異なるところも散見されたが、あくまでも小説という枠組みであることを考えると、納得しうるものであった。
詩集『失くした季節』(藤原書店2010)で高見順賞を受け、新聞各紙に報道された。また、『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』(細身和之著・岩波書店2011)のような、本格的な研究書も出た。ここへきて、金時鐘が一般の読書家にも読まれるようになっているようだ。
その意味で、金時鐘の半生と思想を知る上で、『大いなる時を求めて』は格好の入門書と言えるかも知れない。
 
今年、東京のある出版社から、一詩集一冊という体裁で『金時鐘コレクション』というシリーズ本が出版されると聞いたが、実際に出版されたとはまだ聞いていない。『集成詩集原野の詩』(立風書房1991)が入手困難になっているこんにち、初期~中期の金時鐘の詩業に実際に触れるためにも、早期の出版を期待したい。
























(全文・主宰 写真,改行・optsuzaki)