笠岡市 めがねと補聴器専門店・ツザキが お店の日常と 小さなまちでの活動などを綴ります
2017-02-28
巡る冬の旅
先日の高橋悠治・波多野睦美「冬の旅」、今のところお二人のCDはありませんし、かと言って少し違う視点で聞いてみたいと思い、再びこちらに行き当たりました。松本隆・日本語現代語訳詞による「冬の旅」本とCDのセット(ISBN-13: 978-4058004128)です。
2015年に発表になったときに、軽い驚きがありましたが、“微熱少年”に形容される一人称の松本隆からさかのぼれば、むしろ違和感のない着眼とも思えます。
ふたつの「冬の旅」冬の陣~、その解釈と演奏の深遠な重層構造、そして国内きってのメゾソプラノのただならぬ歌いこみから、高橋悠治+波多野睦美の先日の名演に、ついひいき目になってしまいますが、それは直に聴いたものの高ぶり、とお許しいただけたらと思います。
松本隆自身が長く培った“うたことばの語り部”としての本性を惜しみなく投入した本作は、歌われた瞬時にしみいる「日本語歌詞」としての充実を十二分に感じさせるものです。そして、メタファーの違いやドイツ語解釈の多様性に埋没しない松本隆の世界が晶出するさまは、たとえば氏の傑作・太田裕美「九月の雨」にみるような内側に向かって激しく振れる心情表現の数々を想起させます。
手練れたちの集中力のなせる録音とはいえ、レコーディングまで数々の制約が想像される企画CDの出来栄えで総体を評価しては、いささか酷です。CD発表にあわせたコンサートも聞いてみたかった気がしますし、再演されることによってより耳にも馴染んでいくのではないでしょうか。(4日後の2/18に本作ピアノの三ツ石潤司+河野克典での「冬の旅」倉敷公演もありましたが、後日に知った次第...)
背後の時代や社会構造との相関をみながら人物像を浮き彫りにするのか、過ぎ行く若き日の想念に主観的に立ち会うのか。そのいずれの解釈も折々に受容するほどに、「冬の旅」は深いインスピレーションと詩情にあふれた歌曲ですね。
冬という季節は、そして人生もいつか終わります。それでも季節の永劫回帰と、人の営みは巡る。こうして冬を後にし、春に向かえば、遠くともかならずまた次の冬がやってきます。ひとたび忘れていても、また誰かの冬の旅がはじまるのです。
ところで、今回はこちらを中古で求めたのですが、松本隆の自筆サインがなされていて、びっくりしました。先述のCD発表時のコンサート終演後にサイン会があったそうなので、たぶんその時のものだと思いますが、正直珍しく、一ファンとしてとても感激です。万が一にも本文がご本人の目に触れることがありましたら、この場で巡るご縁にも感謝の気持ちをお伝えします。