せっかく親が行かせてくれていたのに、小学生の僕は、ちっとも絵の勉強に身が入らなかった。その日曜は、先生がお留守だったような気がする。何も持たず教室を出て、坂を登っていった。
坂もずいぶん上で、たまにお目にかかる大学生のお姉さんが、油絵を描いておられた。五年生の少年には、同級生のお姉さんという一点でなんとかつながる、果てなく遠い世界の人だった。
どうしてあなたは、強い日差しの中で静かにひとり、ここにいるのだろう。平凡な街の景色に、それほどに見いだせるものなどあるのだろうか。
僕の同級生は、小さなこの街のこと、誰もが知っている娘さんになった。お姉さんのことも、僕が知らないだけで、きっと皆、よくご存知に違いない。
この坂を忘れていたわけではなかったが、こうして街を撮る機会がなければ、いつになっても登ることはなかっただろう。
低くイーゼルが立っていた坂には、草木が立ちはだかり、一足ごとに行き先を尋ねる。次々と襲いかかる藪蚊を拂いながら、僕はシャッターを押し、その場を立ち去った。